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糸魚川大火災、火の粉との戦いと木造屋根の悲劇

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糸魚川大火災、火の粉との戦いと木造屋根の悲劇
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糸魚川大火災、火の粉との戦いと木造屋根の悲劇

糸魚川の大火災は一夜明けて30時間経過した12月23日午後4時半にやっと鎮火した。
150棟も火が付き、避難勧告がでて多くの住民が避難し、近隣市町村から消防隊1000人が駆けつけるなど多大な損害が発生した。
木造屋根の悲劇でしょうか。火の粉を防ぐことができないほど糸魚川の街は住宅が密集しすぎていたのではなかろうか。
今は、火災が起きるとまずは行政の指示に従い避難するのが先という考え方になっている。もちろん、人命は何者にも変え難く、優先的で正しい措置であったと思われる。
私も、昔、広い港の航路を挟んで対岸で発生した大火が、折からの強風に煽られて、1kmもある我が家の方に飛んできたことがある。
ちょうど夜だったこともあり、火の粉が夜空をこちらに向かって無数に飛んできているのがわかる。火の粉とは言っても、それは長さ30cm以上あって太さが10cmもある木造家屋の柱やたる木の・ようなもので、真っ赤に焼けて炎を吹きながら空を飛んできて、我が家を含む長屋の屋根に、どんどん降り注いでくるのだ。
そのままにしておくと、当然屋根に火がついてしまうのだ、

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私たちは昔さながらの火消しと同じ、屋根の上にみんなで登って、落ちてくる火の粉や屋根にバケツの水をかけ続けた。
随分長い間、火の粉とのとの戦いは続いたが、対岸の火事が収まるまで休みなく消火作業は続いた。
糸魚川の大火を見て、昔を思い出した。
糸魚川の大火は、火元はラーメン屋さんの鍋の空焚きが原因とされているが、真昼のあの時間に誰もいなかったのであろうか。
また、1時間ほど燃え続けたところで、強風に煽られた火の粉が街の何箇所かに火をつけてしまった。 こうなると地元の消防隊や消防車6台くらいではとても間に合わず、応援を呼んだ。
近隣市町村から応援が駆けつけたが、類焼した場所が悪く、家が密集しすぎて消防活動が十分できないという悪条件が重なった。
住宅の密集具合も、尋常ではなく、軒と軒とが重なり合っている状態で、まるで長屋のような状態であるということだ。
これではなかなか類焼を食い止めることはできなかったであろう。
ここ、糸魚川は、ほぼ同様の場所で過去何回か100棟以上の大火、300棟以上の大火を繰り返していると言う。
これでは、過去の大火の教訓を何も活かせていなかったことになる。
改めて都市計画、区画調整などしっかりと行うべきではないだろうか。
被害に合われた方々には、本当にお気の毒でした。心からお見舞い申し上げます。

糸魚川火災 推定150棟焼く大火 延焼のなぜ(毎日新聞より]

新潟県糸魚川市で発生した大規模火災は23日午後4時半ごろ、約30時間ぶりに鎮火した。同市災害対策本部によると、全半焼や部分焼を含め推定で約150棟を焼き、被害が及んだ地域は約4万平方メートルに上った。総務省消防庁によると、震災を除き、市街地火災の焼損棟数としては過去20年で最多で、面積では1976年の山形県酒田市の大火(建物焼損約15万平方メートル)以来の規模になる可能性がある。延焼は、なぜ食い止められなかったのだろうか。
 被害が出た地域は、JR糸魚川駅前の木造建物が密集している地域。路地が多く、場所によっては建物と建物の間に人が通る隙間(すきま)もなかった。
 「火元のラーメン店の西側には広めの道があり放水できたが、北側と南側は少し離れて狭い通路があるだけ。東側はほぼ放水不能だった。鎮圧できずにいるうちに飛び火が起きた」。消防士は当時の状況を振り返る。
 糸魚川市史によると、今回火災があった同市大町周辺では1928年に105棟を、西側にある横町では32年に380棟を全半焼する火災が発生している。
 23日に記者会見した米田徹市長によると、被災地区には大正から昭和初期に建築された建物が多いという。「古さが観光の売りにもなっており、住民に愛着もあって、防火のために街並みを変えるというのはなかなかできなかった」。市長は防災対策が後手に回っていたことをにじませた。【高木昭午、山本有紀】
消防体制
 消防の体制はどうだったのか。糸魚川市消防本部は当初、保有する消防車9台のうち6台を現場に送った。大滝正史消防長は「当日の勤務態勢からみて最大規模だった」と話す。だが火勢は拡大。22日正午には上越市などに、午後1時過ぎには新潟県全域に応援を求めた。長野県の消防も駆けつけ、地元消防団も合わせ最終的に消防車126台、約1000人の態勢になった。
 しかし応援が着くには時間がかかった。例えば新潟市から現場までは約3時間。火が140棟ほどに広がった午後3時半には未着だった。応援組は断続的に到着し、夜を徹しての消火となった。
 「消火用水が不足したのではないか」との指摘もあったが、大滝消防長は「水利は十分に確保できていた」と否定する。国の基準では、約2万平方メートルに一つの消火栓があればよいとされるが、当初延焼が懸念された区域約7万5000平方メートルの中には10カ所以上あったという。農業用水も使え、海岸近くのため海水も活用。だが広がる火の手には、現状の消防力では及ばなかったという。
風で飛び火
 新潟地方気象台によると、糸魚川の22日の最大瞬間風速は南風で24.2メートル。記録の残る2009年以降、12月では4番目に強い風だった。同日の最高気温は20.5度で平年より約11度高かった。「糸魚川では、近くの谷を強い南風が吹き下ろし、空気が圧縮されて気温が上がる。22日もこうなったのでは」と同気象台は推測。糸魚川では午後に雨が降っており、気流が山を吹き下りて乾燥し暖かくなる「フェーン現象」とは異なるとみられる。
 現場で消火活動に当たった消防士によると、出火後約1時間して、ラーメン店から100メートル以上離れた北東側と北西側の建物で、ほぼ同時に煙が上がったという。風で飛んだ火が屋根に移ったようだ。「強風で複数の飛び火が起きた。飛び火した先から、さらに飛び火が生じた」。糸魚川市消防本部の大滝正史消防長は23日の記者会見で語った。

出典 http://

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